ゲームと僕 〜好きなテレビゲームと思い出を語ろう〜

こんにちは。
今回は、ゲームとの思い出を語りながら、好きなゲームを語ったり回想に浸ってみようかと思います。

初めてゲームに触れた日

初めてゲームに触れたのは幼稚園の頃です。友達の家で、ファミリーコンピュータスーパーマリオブラザーズ3を遊びました。

その時にプレイしたマリオがあまりに面白くて、親にせがんでファミコンを買ってもらいました。最初に買ってもらったのは、前述した「スーパーマリオブラザーズ3」と「ロードマン」というゲームです。

ロードマン

「ロードマン」というゲームは、自転車のレースゲームです。「ツール・ド・フランス」の日本版と言えば良いのでしょうか?

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自転車で日本を一周するという壮大なレースなので、なかなかに遊びごたえがあります。連打すると早く走れるという仕様があって、当時はひたすらに連打をしていました。

しかし、がむしゃらに連打すれば良いかというと、そうは問屋が卸さないのが難しいところです。代償として体力の減りも早くなるので、体力配分に気を配りながらゴールを目指す必要があります。

ゴール間近で体力が尽きた時の悔しさは今でも忘れられません。

この時に覚えた連打テクニックは、ゲームを上達するためには技術を覚える必要があるという、ゲーマーとしての下地を作ったような気がします。

シミュレーションゲームの小学生時代

小学生の頃はスーパーファミコンの全盛期でした。スーパーファミコンで初めて遊んだのは、友達の家でプレイした「エフゼロ」だったと記憶しています。

小学生の頃の私はミニ四駆漬けの日々を送っていたのですが、ゲームもプレイしていました。

シムシティ2000

最も印象に残っているのはシムシティ2000」です。友達の家で「初代シムシティ」をプレイして以来、ずっとプレイしたいなと思っていたのですが、シムシティの続編が発売するという話を聞いて、親にせがんでゲーム屋に駆け込んだのは良い思い出です。

最初は村みたいな状態でも、最終的には近未来のような壮大な都市が出来上がっていくので、当時は凄い感動を覚えました。

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A列車で行こう3 スーパーバージョン

そして、当時の思い出で「シムシティ2000」と双璧をなすのがA列車で行こう3 スーパーバージョン」です。

A列車で行こう3は、私が子供の頃から電車好きだったことも相まって、毎日何時間もプレイしてました。緻密な路線を引こうとすると大抵うまくいかずに列車が衝突するので、結局環状線に落ち着いたのは良い思い出です。

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46億年物語 はるかなるエデンへ

そして、最後にあげるのは「46億年物語」です。私ではなく弟が買ってもらったソフトなのですが、ゲームの面白さもさることながら、私の学業にも影響を与えました。

どちらかと言うとアクションゲームの要素が強い本作ですが、生命の起源から人類の誕生までを巡る壮大なシミュレーションゲームでもあります。

46億年物語にハマりすぎた影響で、私の自由研究は「恐竜の木造模型」と「地球の生命の歴史をまとめた歴史ノート」になりました(笑)。

http://www.jp.square-enix.com/archive/46okunen/

家ではRPG、外ではパーティーゲームの中学時代

中学生になってプレイステーションが発売しました。自宅ではファイナルファンタジー7「アーク・ザ・ラッド2」といった RPG にひたすらに没頭していました。

アーク・ザ・ラッド2は最後で詰まってしまい結局クリアできず、大人になってから再プレイしてクリアしましたね(  ̄- ̄)トオイメ。

www26.atwiki.jp

マイクロマシーンズ

パーティーゲームは「ボンバーマン」や「桃太郎電鉄」など(当時、校内でも大流行したので、多くの人がボバっていたような気がする)。しかし、中学生のときに物凄くハマったパーティーゲームがあります。「マイクロマシーンズ」というレースゲームです。

何故「マイクロマシーンズ」が印象に残っているのかといいますと、なんとこのゲーム、8人までプレイ出来るのです。全く社交性のない自分も必死に周りに声掛けをして、頑張って友達を集めて8人プレイした時の感動は今でも忘れられません。

http://bandainamcoent.co.jp/cs/list/micromachines/

美少女ゲームの高校時代

高校時代は美少女ゲーム漬けの日々です。祖父の家に遊びに行ったときに「セガサターン」を買ってもらった影響が大きいかもしれません。

美少女ゲームにハマるきっかけを作ったのはPiaキャロットへようこそ!!2(SS版) 」To Heart(PS版)」でした。何といっても女の子が可愛い!

Piaキャロ2は難しくて自力ではクリアできず、最終的に攻略本(ビジュアルファンブック)頼りでクリアしました。この当時は、ゲーマーレベル?が低下していたのかもしれない。

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To Heart

To Heart」がきっかけで美少女ゲームにのめり込んでいった方は、きっと他にもいるのではないでしょうか!大人になってから改めて分析すると「自分が高校生だったから主人公と年齢が近くて感情移入しやすかった」「思春期だから恋愛に凄く興味があって、等身大の学生が繰り広げる恋愛模様に没頭した」からかもしれません。

勿論、ゲームの出来が素晴らしかったのは言うまでもありません。

foolpalace.seesaa.net

最近ひいきにしている「愚者の宮殿」様のポッドキャストで「To Heart」の話を聞きまして、個人的に再燃しております(笑)。「To Heart」好きであれば、ぜひ聞いてみて欲しい必聴の回です。

そこから先は「ROOMMATE(SS版)」北へ。White Illumination(DC)」を経て私の美少女ゲーム熱は一段落します。

両者とも凄いハマりました。当時、文化放送で流れていたラジオ「Dreamcastアワー 北へ。White Illumination」を周波数を必死にあわせながら録音していたのは良い思い出です。当時のカセットテープが残っていたらまた聞きたいのですが。

ラジオCDとしてリリースされる日を待ち望んでいますよHUDSON様!

シューティングゲームの大学時代

シューティングゲームにハマる兆候は、高校生の頃からありました。セガサターンサンダーフォース5」レイディアントシルバーガンといったSTGの名作をプレイしていたことが大きいと思います。

サンダーフォース5を購入したきっかけは「SEGA SATURN MAGAZINE」の読者レースで物凄い高評価だったからです。同じくレイディアントシルバーガンもサタマガの特集記事がきっかけでした。

大学時代は、大学が遠かった影響で行動範囲が広くなったのと、アルバイトで毎月収入が入ってきたので、ゲームセンターに通いつめました。そして、私が通いつめていたゲーセンを彩っていたのは怒首領蜂大往生式神の城2」でした。

怒首領蜂大往生

怒首領蜂大往生との闘いは未だ終わっておらず、2週目5ボスまで到達したもののラスボスを倒すまでには至っておりません。クリアできる日は来るのでしょうか(汗)。こればっかりは、クリアできない自分を責めるのではなくクリアできる神な方々を褒め称えたい気分です。

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※デスレーベルなのでゲーセン版ではないですが、凄いよくできたPVだと思います。

式神の城2

式神の城2にハマった理由は単純なのですが、ゲームセンターでワンコインクリアできたゲームだからです。クリアを目指す人にとっては敷居が低く、尚且つ点数を稼ごうとすると弾幕にカスるというシビアなプレイを要求されるという、絶妙なゲームバランスが素晴らしかったです。

キャラクターが個性溢れてて、単なるシューティングゲームの枠を超えた楽しさがあったというのもあります。ただ、あまりに「式神の城2」にハマりすぎたせいで、大学の授業をサボりはじめ挙句の果てに大量の単位を落とすというオマケつきですが(苦笑)。

結城小夜でスコアトライアルの上位入賞を目指していたのですが、結局ベストテン入りは達成できず。悔しいなぁ。

http://www.alfasystem.net/game/shiki2/

社会人、その後

社会人になってからは、あまりゲームがプレイできなくなりました。改めて考察すると、学生時代は夏休みの影響が大きいです。夏休みはゲーム三昧の日々を過ごせましたから。シューティングゲームが衰退してしまったので、ゲームセンターにいってもプレイできないのも影響しているかもしれません。

とは言え、社会人になってからもグランド・セフト・オート4(及び5)」にハマったりと結局ゲームは続けているのですが(笑)。

自分で言うのもなんですが、こんなにゲームばっかりプレイしていた青春時代を送ったというのも、それはそれで人生のような気がしています。ゲームのやりすぎで学業が疎かになっていたような気もしますが(苦笑)。裕福な過程でもなかったのに、色々なゲームで遊ばせてくれた両親には頭が上がりません。お金を稼ぐのは大変なことであると、社会人になってからつくづく感じます。

好きなゲームもまだまだあるし、プレイしたゲームも語り尽くせていないですが、止まらないのでこの辺りで筆をおきます。「ゲームが青春だった人飲み会」や「青春時代のゲームの思い出を語ろう飲み会」があったら参加してみたいなぁ。楽しそう!